ドン!!

 

壁を殴る音が事務所内に響き渡る。

 

「今日契約取れるって言ってたじゃねーか!なんでできてねーんだよ!」

 

「すみません…。あの…でも」

 

 

ドン!!

 

「すみませんじゃねーよ!言い訳も聞きたくねーよ!」

「明日もう一回行って契約取って来い!」

「それと、売上げも落ちてきてるから、そっちもなんとかしろよ!」

 

 

探偵社を辞める直前、僕は営業を担当していました。

毎日新規契約の数を追いかけながら、継続してもらって売上も確保していかなくてはいけませんでした。

 

その上、既存のお客さんと打ち合わせをして、調査方針を決定して調査員に指示を出していきます。

 

昼の案件と夜の案件があり、それぞれ対象者の生活がバラバラのため、調査は基本的に24時間行います。

 

営業と調査員への指示で寝る時間はほとんどありません。

毎日の平均睡眠時間は3時間を切っていたと思います。

あとは10分程度の時間を見つけて仮眠を取っていました。

 

 

毎朝吐き気がするし、お腹は痛いしだるいし、本当につらい毎日でした。

本当に辛い、でもなぜだか会社から逃げることができませんでした。

おそらく、弱った僕の心は会社に支配されていたのです。

 

 

探偵で楽しかったこと

実は、最初調査員として入社した僕は探偵の仕事は楽しかったのです。

まだ大学を卒業したばかりの僕にとって、まるでドラマのような様々な人間模様が見られるのは刺激的でした。

 

・愛人を何人も抱える社長さん
・奥さんに浮気をしないでくれと土下座する工場勤務の旦那さん
・お酒と札束で若い男性と遊びまくる女医さん
・自分の浮気現場を撮影してくださいと依頼してくる変わったおじさん
・浮気資金のために養育費を使い果たす旦那さん
・どう見てもモテなそうなのにたくさんの女性と浮気をするおじさん

 

浮気はよくはありませんが、その人たちの人間模様を見たり、
彼らが行く先の、自分が行ったことのない場所へ遊びに行く。
そこについていくのが新鮮で楽しかったのです。

 

毎回土地勘がない場所に行ったり、トリッキーで予測不可能な行動をする対象者に合わせるのには苦労しましたが、頑張ったおかげでメキメキと調査力は上がり、証拠の写真や映像を撮るのが得意になりました。

 

弁護士さんにも褒められるほどの腕前になりました。

そうなると、仕事がどんどんと楽しくなります。先輩も可愛がってくれるし順調に働いていました。

営業部に異動になるまでは…。

 

 

探偵になったきっかけと探偵になるまで

小学生の頃、名探偵コナンが大好きでした。
今思えばこの時点で、探偵に憧れを持っていたと思います。

 

探偵って頭いいな
かっこいいな

って思っていました。

 

しかし、中学生になったと同時にバスケット部に入って運動に夢中になりました。

一応将来は探偵になれたらいいなと思っていましたが、
中学3年の頃にギターを覚え、音楽にもハマり高校でバンドを組み、探偵のことはすっかり頭から消えていました。

 

「将来はミュージシャンになるんだ!」
「音楽で食べていくんだ!」

そう心に決めて大学には行かないことにしました。

 

しかし、両親や友人から大学に行くよう説得され、
「大学でサークルに入って音楽関連の知り合いを見つけた方がいいのかも」と思い直し大学に行くことにしました。

 

そして、音楽サークルに入ったと同時にミュージシャンになるという夢は諦めました。

 

なぜなら、みんなの音楽に対する愛情や情熱が僕とは比べ物にならなかったからです。

朝から晩まで音楽を聴き、歌詞を写経して、一日中楽器を弾いて、朝まで音楽について語る。
楽器も上手。下手な人でも聴かせるセンスがある。

 

そんな人たちを前にして、ミュージシャンになるなんて失礼だし恥ずかしいと思いました。それに彼らには絶対に勝てないと思いました。

 

でも音楽は楽しかったのでバンドを組んだり、バイトして単位を落とさない程度に勉強するといった、ごく普通の大学生活を送りました。

 

そして、そのときに働いていたバイト先が後の人生に大きく影響を与えることになりました。

 

そのバイトは全国にある有名な喫茶店で、働いてからとても衝撃を受けました。

 

仕事自体はとても楽しかったのですが、社員さんたちの働き方が尋常ではなかったのです。

 

毎日休みなく長時間働いていました。

 

朝7時から夜23時まで営業している店だったため、ひどいときは朝の6時から深夜0時近くまで働いていて、終電で帰れないから店で寝る毎日でした。

 

着替えをしていないから臭くてお客さんからクレームが来たこともありました。

 

休憩室には、栄養ドリンクのケースと空のビンが大量にありました。
彼らはストレスも多かったため灰皿にはタバコの吸い殻が山盛りでした。

 

家にはほとんどいないし、休みの日も疲れて寝てばかりだから子供と全然話していないそうで、家族仲も悪かいようでした。

自虐ネタを言って笑っていました。

 

「社会人とはこういう生き方をしなければいけないのか」
「働くとは自分の時間や家族を犠牲にすることなのか」
「きっと辛いだろうな」と衝撃を受けました。

 

そんな過酷な労働環境を見ていた僕が、就職活動のときに思ったのは、

「どうせ辛い思いをするなら、好きなことを仕事にしよう」と思い、
中学時代にぼんやり憧れていた探偵になろうと決めました。

 

小学生の頃は、事件の現場に警察と同行して推理すると思っていましたが、
大学生の頃はさすがにそんなことは思っていませんでしたが、なんとなく頭がよさそうでかっこいいというイメージを持っていました。

 

周りが就職活動をしている中、僕は貯めたバイト代を使って有名探偵社の探偵学校に通っていました。

 

尾行、張り込み、撮影、報告書の書き方などを習うのはとても楽しかったです。
一つ苦手だったのは、方向音痴だったため地図が読めなかったり迷子になってしまうことでした。

 

尾行の実習時、対象者役になったとき道に何度も迷って他の生徒に爆笑されました。

 

探偵としては致命的でしたが、努力の末に克服できるようになりました。
(厳密には、今も方向音痴ですが方向を見失わない方法を会得しました。)

 

約半年で探偵学校を卒業し、大学卒業に合わせて紹介してもらった探偵社に入社しました。

 

 

挫折

晴れて探偵の調査員になって楽しく仕事をしていましたが、
営業部に異動になったことですべてが狂いました。

 

新しい上司と初めての営業という仕事で成績がよくありませんでした。

 

上司とは人間的に合わず、嫌われていたと思います。

 

仕事ができないので上司から罵倒される。
そうするとミスや失敗が増え、さらに怒られ負のスパイラルにハマってしまいました。

 

案件は24時間進行し、新規契約も取らなければいけないという過酷な労働環境の中、
理由もなく涙が止まらなくないことがありました。

 

毎朝体がだるいしお腹は痛いし頭痛もしました。
上司に会えば、体が震えるし、声をかけられると恐怖で心臓がぎゅーっと手で掴まれたような感覚になりました。

 

思考力は低下していて、まともな判断はできないようになっていたと思います。

 

ある日、様子があまりにもおかしいということで、先輩に病院に行くよう強く言われました。

 

仕事で忙しいけれど無理やり時間を作って診断を受けたところ、うつ病と診断されました。

まさか自分がうつ病になるとは思っていなかったので、本当にショックだったし情けない、恥ずかしいという感情が湧き出てきて、ここでも泣いてしまいました。

 

泣けるだけ泣いて気持ちを落ち着かせてから事務所に帰り、上司に報告しました。

 

すると

「じゃあ、お前クビな」

と一言。

 

あれだけ身を粉にして働いたのにも関わらず、そんなに簡単にクビにされたことにさらにショックを受けました。

 

うなだれていると

「うぜーし、邪魔だから早く消えろ!」
と追い打ちをかけられました。

 

会社は守ってくれませんでした。
会社は助けてくれませんでした。

 

会社に裏切られた思いもしたし、なぜ自分はこんな目に合わなければならないのだろう?という感情と絶望感に心が支配されました。

 

人生のどん底と地獄の闘病生活

会社をクビになったことは想像以上に精神的ダメージが大きく、ベッドから出られないほど寝込んでしまいました。

 

毎日廃人のようにずっとベッドの中で過ごしていると、当時の婚約者から

「生活力も経済力もない人とは将来は考えられない」とフラレてしまいました。

 

生活費は貯金でまかなっていましたが、病気は一向によくならいため、貯金がそこを着くのは時間の問題であることは容易に想像できました。

 

今の住居を引き払わなければいけません。

婚約者にフラれたこと、マンションを引き払うことは僕の人生を全否定された気持ちになり、更に追い打ちをかけられました。

 

婚約者いは、結婚したらそのマンションで一緒に暮らそうと話していたからです。

 

結局、両親に相談して実家に帰ることにしました。

 

もはや自分では何もできない状態だったため、引っ越しやらなんやらすべてやってもらいました。

 

実家に帰った僕は、両親に介護されるような形で生活をすることになりました。

 

自分ではほぼ何もできません。

 

食べて、排泄して、寝る。

それしかできませんでした。

 

朝から晩まで死ぬことばかりを考えて生きていました。

 

体調の良い日は、スマホで「ラクに死ねる方法」と検索してメモを取っていました。

投薬の副作用で声も出せなくて、手も震えて文字もかけず意思の疎通もできなかった時期もありました。

 

約二年。

いろいろなモノを失ったと思います。

 

でも、両親が探してくれた病院のに通院したおかげで少しずつよくなってきました。

 

よくなると同時に思考も安定してきて、新たな問題が僕の心を不安にしました。

 

それは、「将来の仕事をどうするか?」ということです。

 

うつ病は再発率の高い病気で、「長期で寝込む=長期で休む」かもしれません。

 

しかも病院は平日しか診察してくれませんし、まだまだ何年も通院は必要です。

そうなると、雇ってくれる理解のある会社はあまりなく、普通に就職できる可能性は低いと思いました。

 

「普通の生活すらできないのか」

「自分の人生は一体何なんだ」

絶望感が半端ではありませんでした。

 

 

アフィリエイトを始めたきっかけ

そんな中、あることを思い出します。

それは、友人がアフィリエイトというのをやっていて、生活できるには十分の金額を稼いでいたことでした。(メルマガで紹介している億の資産を築いた19歳の友人)

 

だから自分もやろうと思ったのですが、まだ人と話すのが怖かった時期だったこと、その友人からは「お金を稼げるようになりたいなら、勉強をしろ」と言われていたので、インターネットを使ってアフィリエイト教材を購入し、必死で勉強して実践しました。

 

「普通に働けないのだから、自分はアフィリエイトしかない」

そういう背水の陣のような気持ちで取り組みました。

 

時間だけはあったので、体調がいいときにだけでもずっと作業をしたところ、なんと初月から15万円も稼げてしまいました。

 

本当にあっけなく稼げてしまったので「こんなに簡単なの?」と逆に不安に思いました。

うつ病で、なんの取り柄もなく、とくにパソコンが得意でもなかったのに…。

 

 

現在

作業を続けていると、アフィリエイトは「稼ぎの仕組み」を作り、それを「拡大」させることによって、サラリーマン以上の収入を半自動で稼げることがわかりました。

 

例えばブログです。

ブログで商品を紹介するページを作成し、アクセスが流れるように設計する。
そして、さらにアクセスが増えるよう記事を追加していく。

 

これだけです。

 

一度書いた記事は半永久的にアクセスを呼び込んでくれるので、記事が増えればアクセスも増え、売上は右肩上がりになります。

 

 

そして最強なのはメルマガです。

これも原稿を用意しておくことで、何通も自動でメールを配信してくれます。
何度もセールスをしてくれるのです。

 

現在は月収100万円を優に超え、サラリーマンの三倍の年収をほぼ放置状態で稼いでいます。

1日全く何もやらない日もたくさんあります。

信じられないかもしれませんが、これは現実です。

 

最初は戸惑いました。

 

大学のアルバイト時代、身を粉にして働き、時間を犠牲にしなければお金は稼げないという価値観が崩壊したからです。

 

時給にしたらとんでもない金額ですから。

 

 

実績

平均月収は150万円くらいです。

 

1日8万円以上稼げたときもあります。※一部です

 

 

ほぼ毎日成果報告メールが届きます。※一部です。

 

 

今は会社に属したりせず、自由気ままに生きています。

 

・好きなときに起きて好きなときに寝る
・趣味の音楽、海外ドラマや映画を一日中観る
・飼っている犬と猫と遊びたいだけ遊ぶ
・好きなだけ英語の勉強をする

 

これらが実現できるのは
アフィリエイトで仕組みを構築したおかげです。

 

本当はボルダリングやスキューバダイビングがやりたいけど、あまり激しい運動ができないため、運動は近所を散歩程度です。

 

平日の昼間から散歩しているので不審者だと思われていると思います。

小学生とかがめっちゃ警戒心むき出しにしているのがわかります…。

 

好きなことをすきなだけやれる環境はありますが、
まだ体調が悪いので移動やできることが制限されています。

 

お金は貯まりますが、大好きだったお酒もほぼ飲めないし、  旅行も激しい運動もできません。

 

僕は人生は幸せになるためにあると思っています。

「自分のような不幸な人間を、これ以上増やしてはいけない」

「現在の働き方に苦痛を感じている人の手助けになりたい」と本気で思っています。

 

 

もし、あなたが現在つらい状態なら、僕のように人生を無駄にしてほしくないと思います。

アフィリエイトで金銭的自由を手に入れて苦痛から解放されてほしいと思っています。

 

そのためには正しい知識と戦略が必要です。
それは学べばいいのです。

だからメルマガでアフィリエイト講座を始めることにしました。
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きっと人生が変わりますよ。

はんの とみひろ

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